肯定
肯定すること、何が正しいか何が正しくないか、何がそれを正しいと信じる事を導くか。何が支えとなりそれを守り貫き通すか。でもそれは2本の足で支えないといけない。
何が正しさを脅かすのか。それは他人に引き摺り回された正義だ。
肯定すること、何が正しいか何が正しくないか、何がそれを正しいと信じる事を導くか。何が支えとなりそれを守り貫き通すか。でもそれは2本の足で支えないといけない。
何が正しさを脅かすのか。それは他人に引き摺り回された正義だ。

カウンタースクロールバーにクリックカラーボールはじけて、カラーボールはじけない、はじけないカラーボール。35日、右に寄せ、幅に寄せ、選ぶ事がないからシナモンロールに縦横がはっきりしないコントローラをコントロール、が効くようには両手でそれを握りしめる、事が出来る人間工学に基づいたお前が伝えたい理屈をタイヤのチェーンの汚れを親指に擦り付けるかのごとく恨み辛みはリサイクルショップで安値で売り払い泡がブクブクぶくぶく消えないうちにスプーンで食べる、わける、中から、大層な段差にコミュニケーションとコケた油と混ざったお前の心情のやりどころを深夜まで父親の様にでかいスピーカーがお前の服と肌の隙間を揺らすような濡れたお札を乾かす様に濡れた紙の価値を信じるように心の居心地の悪さを感じ得ない口の上を滑る水飴の様な心の清らかさと率直さを愛おしく思うように水に浮く油が逆さに時間を流す様に国道246号線を南下して手についた粉を舐める様な二週間。
「僕を忘れてくれませんか。」
ぐでんぐでんのうどみんみたいなきしめんパスタを喰いながらくそがクソ以上にネットの公共性と数の暴力を、そしてそれに気付いた自分が如何に自分に才能があるかを語ってくる。
「私は結構それでね、ビックリしたんだよ。君は気づいていないかもしれないけどね。」
でも、、おれ自信ない顔で話されるより、自信持った顔で話す奴を信用するよ。
俺には自信なかったんだ、そう、自信がなかった。
だからもう、これ以上誰かに消費され続ける生き方はやめよう。
君が得たのは、精神の中だけで、得たものであって、そう、精神で事を得るというのは、人間だけだ。もし、人間でありたいのなら人間である前に、まず生き物としてであるとそんな、気がしている。、いいことがなんと、あってほしい。れないからどうすべきなんだろう。
お前がお前に帰るということ、
お前がお前を背中をグーで力を込めて殴ること。お前が柵に閉じ込められ柵ごと水にゆっくりと沈められるとき、力なしに柵を握る時の力の頼りなさを。お前の首の爆弾が破裂した時、お前は肉人形のように四方へ吹っ飛び下顎の無くなった頭が乾いた地面に転がることを俺は知っている。
中目黒の川の近くにある居酒屋のサービスランチ(ミックスフライ定食700円)を食べる。席は窓の近くで、お店の中と窓際で仕切りがあって半分テラス席のような感じだった。
千切りのキャベツ、きゅうり、トマト、佃煮、濃いジャスミン茶、黄色い沢庵、イカリング×2、クリームコロッケとカレーコロッケ、橋の向こう側のインベーダー、蚊の交尾を見た。

トテテチツテタツカトツカ。
といううちに時間が過ぎるのはやはりとでも言うべきか早く、僕は先月29歳になって、29歳になったからには、なにかしら29歳になった時の気持ちだったり心境を書き残すべきなのだろうけど。
それを順番の手前にしようとすると未来が詰まってしまうため横に穴をあけるように、ちょうど、そう、今朝食べたエクレアにあいていた穴から飛び出したクリームの様に言葉が予測が出来ない方向へ飛ぶといい。飛んで欲しい。
ある学生からメールが来て、そのメールは何回かやりとりを通してあまりに気持ちよく読める物でなくてつい注意してしまった。
・メールには件名を入れる、署名も所属する団体や学校を名乗るなら入れる。
・(完全に敬語とは言わなくても)丁寧な言葉使いと表現を心がけること。
・相手に何かをしてもらった時はお礼を言うこと。
別に僕が言った事なんて守らなくていい。型に当てはまらないから失礼だなんて言わない。クソ真面目なのは僕だって少し苦手だ。
ただ、人に何かを頼む以上、自分がどういう者でどんな状態で何をどう考えて何をしたいかは丁寧に伝えて欲しい。君は僕がどんな奴で何をしてるかは知る事が出来るけど、逆に僕は君が君の事を話さない以上君の事を知ることができない。良く分からない人のために動くのは多分自動ドアと横断歩道やエレベーターのボタンくらいしかない。(と考えるとGoogleやTwitterやFacebookだって君の個人情報を対価としてサービスをしているのだからこれって凄い事じゃないか!)
あとお互いを尊敬する心を持つこと。尊敬が無く人に物を頼む人は嫌いだ。
何を考えているか、行動が理解出来ない人はたまに見かける。
多分自分の中で無意識にフィルタリングしていて本当はもっといる。
時折そういう人に出会うと、どんなに厚着をしていも強烈な冷風がスーッと体の表面を撫でる様に通り過ぎていく気持ちになる。酷い時はそこから自分の粗探しに転じて神経をすり減らす。
そういう時はこれから穴からクリームが漏れたエクレアの事を考える事にする。エクレアの粗を探す。上に掛けたチョコのせいで手で持てない。クリームが後半漏れる。漏れなくても穴が空いてると漏れる。暑さに弱い。要冷蔵。火に弱い。水に弱い。高いところから落とせない。いざという時に武器にならない。盾にならない。撃ちぬけない。進化しない。ネットに繋がらない。もー、粗々でもいいよ。いいの?やったー!
トテテチツテタツカ
タツカチツテトツカ
トテテテツカタツツ
トテテタチカツカト
タチテタツカトチカ
タツカタチカトツカ
トテテタチカツカト
タツカトタカタタカ

三千百九十四時間前、
湿り気のある土の上に小さい椅子があって、そこに腰を降ろして会話をしています。
僕はいつだって腰を降ろすのが好きだ。多分明日も明後日もどんな場所でも僕は腰を降ろしている。
注文から五十時間経っている。
ここではあるものを取ってくるのではなく、無いものを探してくるため、とてつもなく恐ろしいくらいに時間が掛かるらしい。
A4のコピー用紙を3枚並べたくらいの小さい机を挟む、僕は相手に気にせず肘を机の上に突きだして頬杖をつく。
実際、退屈なんて幾らでも無限に潰す事なら出来る。
でもそうじゃなくて、
俺はただ、退屈の中でぼーっとしていたいんだ。
「ああなんで、いつから僕は、ぼーっとする事が難しくなってしまったのだろう。」
無限に伸びた髪が気になる。
以前見た夢で僕はふわふわの白いパーカーを来ていてボッサボサの頭をしていて、それよりも顎の髭がもみあげと繋がっていて、そんな事は生まれてこの方まったく無かったものだから、ほんとうにそれに動揺していた。
どうしよう、これじゃ人前に出れないよ~。トホホ。
「誰かの良い悪いに良い悪いと思うだけだなんて、それなら別に僕はそこにいなくて良いんじゃないかって気持ちになるだろ。」
う~ん。
「そう思わないか?思え、思えよ。そして気づくんだ。はやく。」
はやく、はやく、注文が来ない。
あるものを使うのではなく無いものを使おうとすると、やっぱしとっても時間が掛かるらしい。でも僕らの仕事って無い物を作るんだろ?
違うそうじゃない、あるものを使うんだ。あるというのはやっぱし無いものに比べてそこにある程の物なのだから理由があるんだよ。そこを探すんだよ。僕らの仕事は無いものを作るんじゃない、無い物を探すんだよ。
配給の列には沢山の人が並んでいて、みんな先頭の良い悪いに同意して並んでる。縦の意志は人の意志。横の意志は、、神はいなくて、みんな数を増やそうと躍起になってる。
どの列に並べばいいか分からない、並ばなくていいよ。でも、行き先さえ決まって無いのに迷子になったような気分になったことはないかい?
そんな時は「ええ~それはひどいなあ。僕はそんなこと思わないよ。」って本音に近道を教えてあげるのが一番いいらしい。
あああ。閉店の時間だ、靴が半穿きでも店を追い出される、
ほんとう、ありがとうございます、
明日も頑張ってくださいね。
僕、応援してます。

しがつじゅうににち。
人はなぜ悲しい気持ちや苦しい気持ちになって不幸を感じてしまうんだろうっていつも思っていて、スピリチュアルというよりかもっと現実的な表現でいうとそういう病気に関する本を数冊か読んでいたりして。
いやでもそれは、不幸を感じる心についてではなく、そう、不幸っていうか、なんていうんだろう。違うな。
人間はどのような状況になって常に気持ちが満たされていると感じるような生き物ではないし(でもだからといって感謝を忘れるのは良くないぞ)
常に良い方向へ歩んで行きたいという思い、幸せになりたいというその気持ちを持つ事こそが泥臭いかも知れないけど、人間らしい生き方というか。命の正しい使い方だと思っていて。(でも自分にとっての幸せが一体何なのかを選択出来る価値観を作らないと迷子になるぞ)
たとえば、そういう自分の中で目指すべき場所を決めて、そこへ全力で向かっていこうと命を燃やしながら進んだ時、心がポキッと折れてしまったら一体どうなってしまうんだろう。とかそんな事考えてた。
だからさっき先述した不幸を感じる心というよりか、心が狂う時、精神が壊れるとき。どういう事が起きるんだろう。そんな事に興味があった。
し、もし、その知識で、少しでも自分で前兆を感じられる事が出来たら、先人の方達が残した情報が自分を救うかもしれないという希望があった。
とか色々動機を書いたけど、単純に言ってしまえば、毎日仕事だけでは技術は付くけど、自分が作品を通して表現したりする考え方や思想や原動力は付かないし、何か頭の中に情報をインプットして巡らす事は大事だって思ったんだよ。
と、ここで今までの文を振り返ると僕は誰かにまるで弁明をするかの様に文章を書いてまるで懺悔みたいだ。
「僕は僕の頭の中で物事を良い方向へ動かしたいと願いながらも自分の行動によって何か悪い方向へ動かしてしまうんじゃないかと少しでも物事を良い方向へ動かしたいという思いが強いために慎重になり疑い深くなり、自分の頭の中でもさえも第三者の目を作り上げて自分で自分自身を監視してその監視に苦しんで結局物事が悪い方向へずるりずるりと動かしてしまってるんじゃないか。」
という事が起きるので、その監視者に向かって「おい、焼きそばパン買って来いよ」と言えるくらいの気概が必要なんです。
いいかい、男の子は強くなくちゃダメだぞ。
マジだ。あと隠してばかりしゃ強くならない。
それに焼きそばパンは嫌い。