2022年5月29日

バイクで走行中、目の前にパトカーがランプを回しながら反対向きに止まっていて何事かと思ったら人が倒れていた。その人の無事を祈ると共に事故には気をつけないとな、と気が引き締まる。
翌日、公園外の石垣に座っていたら真上からボールが飛んできて頭に直撃した。

事故には何か、神が仕込んだようなシナリオというか、運命に紐づけられた様なタイプが存在するのかもしれない。
そういうのは避けようがない。そうなった場合はせめて安らかな顔で死にたい。
プレッシャーの高い仕事がひと段落したように思える。自分としては危険な登山から無事下山した様な気分だ。
しかしだからといって自分に対して世の中が変わる訳ではないし、食事の温度が変わる訳でもない。だから下山はパラシュートで地に足をつける様なゲームなもので誤って海に落ちる様なことになってはいけない。

自分はなんだっけ、何をしたかったんだっけとか、そんな事を思う。自分が読んでいた小説に別の本のページが何十枚も挟まって、引き返すこともどんな話だったかも思い出すことが難しくなってしまう。
行きたかった場所に行き食べてみたかったものを食べたり、展示を回ったり、歩き回って写真を撮ったり、喫茶店でマインドマップを更新したり日記をつけたりする。
自分で自分の相手をするのは大事だと思う。
酷い時は直視出来ないけど腹を括って手を伸ばさないといけない。人によってそれは贅沢に思えるだろうが、自分の命を天秤に乗せたらそんな事は気にしていられない。
そうしてやっと用意出来た座布団に腰を据える事が出来たら、ようやく遠くにぼんやりと目的が視える様になる気がする。
といいなあ〜