2月が終わるなんて信じられない🤷‍♂️

最近はインスタのストーリーばっかり更新してた気がする。
振り返るようにTwitterを開くと1月19日に鳥に餌をあげてる動画があってヒヨドリ可愛いって思ったり、風呂場のタオル掛けがボキッと折れたり台湾の夜に思いを馳せたり、glitchNESのチャリティー企画に参加したりApple musicで黙々と作業するときの個人的なプレイリストを作っていた。

ananの扉絵はオリジナリティを込めた絵を作れたことで新しい事が出来たなって自分の中で思ってる。去年からコツコツProcriareで絵を描いた甲斐があったのかも。

ただ、オリジナル云々といってもオリジナルという物が未だにわからない。自由にやっていいよと言われてもどんな絵を描けばいいのだろう。
形にしたいものが無いというよりは深層心理的な部分で冷たくて重い鉄の箱の中にそれを閉じ込めているのかもしれない。
自分は過ごして来た環境的に普通の人間以下の存在だというコンプレックスがあって、やっと普通という土台に立てた先の憧れとか野望(身の程を超える様な大きな望み)が無いのだと思う。

そんな事を考えてると広告で流れた「なくてもいいと言われるものと私の心は生きていく」という西武・そごうのキャッチコピーに感情が咽び泣いてしまう。

無くてもいいもの。自分の存在とか自分の作る物とか自分のこだわりとか無くても本当世の中は困らない。仮に喪失があったとしてもそれは水面に空いた穴の様にすぐ他もので埋められると思う。
だけどその存在と生きていくと言い切る言葉に心の強かさと人が人間として生きていく上での心の在り方を感じた。

と発信側の意図に沿ってるかは分からんけどそんな事を勝手に思う。
勝手に思うというのは大事だと思う。正解を外に求めすぎてしまったのだと。
自分の中の宇宙を人に迷惑を掛けない範囲(良い歳だし)で向き合いたい。

今週水曜にバイク納車〜!!楽しみ〜🤘