2025年2月2日

「寒さって、年が明けてからが本番な気がする。」
年末に手に入れた強強なタイガーの湯沸かし器のおかげで、白湯が爆速で作れるようになった。こんな寒い日が続く中、寝る前によく飲んでる。
五臓六腑に染み渡る感じがたまらない。なんとなく、寝つきも良くなる気がする。本当にそうなのかは知らない。調べてないし、知ったところで何の役に立つのかとも思う。
今も、今までも、そしてこれからも、きっと、思い込みのフィルター越しに世界を覗いているんだろうと思う。
1月は2x4で有孔ボードの棚を作ったり、友達と浅草の寄席を見たり、台湾の煮卵を作ったり、ドッターの新年会でタコスを食べて、muqueのライブを生で見て、弟の家の犬に舐められたり。なんだかんだよろしくやってきた気がする。
MotionRecのドット絵もバリバリ打ってる。反応があって嬉しい。
Griptureの続きも進めてる。
まだ絵的な部分には手をつけてないけど、主にチャプター0のフラグ周りを整理中。同じ場所でいろんなイベントが発生するようにするのって、やっぱりめんどくさくて頭が混乱する。おおまかなストーリーに沿って、トリガーをMAPに仕込みながら進めてる。
ストーリーもやんわり肉付けを考えているんだけど…そう、それで思い出したのだけど、この間気になるポスト見つけた。年齢によってコンテンツの受容って変わっていくという話。
例えば10〜20代はアイデンティティを模索する時期でダークやカオスな世界観に自分を重ねやすく、大人になるとリアルな経験が増えてきてフィクションの重い世界をわざわざ背負いたく無くなるみたいな。
作り手の立場でその事を考えると、確かに自分はもう20代の頃とは違う。ロクジョーヒトマみたいな孤独な内面世界の話は作れないしRingoの様な浮遊感のある言葉を紡げないかもしれないし、BUGTRONICAみたいな行き場の無い感情をぶつけることも、もう出来ないのかもしれないって思っていて。いや、思っているというか、その事がとても怖かったんだよね。感性が喪失したみたいで。若い世代の作品に抵抗を覚えていたこともあったし。
でも、そのコンテンツの受容みたいな話を聞いてあ〜これって感性が喪失したんじゃなくて自分の中の視点が変わったからなんだろうなと、前々から落とし所を見つけて向かい合っていた事ではあるけど、今回あらためて合点がいった感じがある。ポジティブに捉えるなら感性がアップデートされたんだ。これ。(と言って許されたい(誰に?)←頭の後ろからの声に。)
その上でGriptureの中身もあの頃の気持ちや視点で取り戻すとかじゃなくて、もっと別の深い部分にフォーカスを当てられる様にしたい。派手ではない地味な部分で。それがどうなるのかはまだわからない。でもとりあえず今は制作に向き合って手が動いてる事が救いでもある。
そんな日々の中、先日はGigandectさんのVJをした。 やっぱ実機チップチューンいいよな!!制限の中での気持ちよさ、スケールは狭いけど情報量の密度が違うというか、これは1bitのドットを打つ時の姿勢や追求に似ている気がする。
自分のVJも一時はCGゴリゴリ且つインタラクティブなVJと比べて只ショボいだけなのかも知れないと自信を失ってたけど、今回ギガデクさんと一緒にやった事で自分のVJ一周回ってカッコいいじゃん!!とがっつり思えた。本当に誘ってくれて感謝しかない。ありがとう。

イベントの会場だったSHIBUYA FOWS&XXIも路面に対してラウンジが全面ガラス張りでオープンな形のイベントスペースになっていて面白い場所だった。渋谷でこんな実験的なスペースが生まれたのも嬉しいし、自分もその一端に関わる事が出来て良かったなと思う。
と、今月はこんな感じで、寝る前に白湯を飲むと良いという話でした。
やってこうな。